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バーチャル・シティ建設への挑戦

■「サード・ステージ・プラン」のインパクト
けいはんな学研都市のまちづくりに関わる有志を中心に「地域SNSけいはんな」の社会実証サービスを始めた2007年(平成19年)当時、バブル崩壊以降、長らくけいはんな学研都市に立ち込めていた暗雲を吹き飛ばすかのように、2006年の「サード・ステージ・プラン」策定を機に、中心クラスター「精華・西木津地区」に民間企業の立地が一気に加速し始め、都市全体が新産業創出に向けた上昇気流に乗った感があったように記憶しています。

それまで研究施設しか立地が認められてこなかった「精華・西木津地区」を念頭に研究開発型産業施設の立地促進を明記した「サード・ステージ・プラン」は、まちづくりに関わる人たちにとってけいはんな学研都市の「中興」の始まりを予感させるエポックメイキングな出来事として受け止められていました。

当時の上向きな気運にはもう一つの流れがありました。それは「学研都市を一体化した都市運営」(※1、※3)を目指すこと、そして「学研都市の資源を活かした市民活動の展開」(※2、※3)への着目です。

■合併によらない学研都市の「一体性の確立」
もとより、けいはんな学研都市では筑波研究学園都市とは異なり、都市の区域が三府県八市町にまたがり、区域を構成する基礎自治体の合併を前提とせずに都市建設が進められてきました。その結果、いつまでもバラバラ感が否めず、都市としての一体感が育まれることなく推移してきたものと考えられます。

こうした状況に対して、「サード・ステージ・プラン」では、当初より特措法で位置付けられていた中核的機構(公益財団法人関西文化学術研究都市推進機構)の機能を補うべく、一体的な都市運営を実現していくための「新たな運営組織」づくりという新機軸が打ち出されていたのです。

また、それらを推し進めるための新たな担い手づくりとして、けいはんな学研都市で活動する多様な主体(とりわけ市民活動団体の存在を念頭に)による市民活動の交流ネットワークの構築と推進がクローズアップされたのです。

漠然とした一つのイメージでは、けいはんな学研都市という架空の「都市」の「市民」がリアルであるいはインターネットを介した交流・連携のネットワークで結ばれていき、市民統合の象徴となる架空の市長を立て、インターネット上でバーチャル・シティを建設し運営する、というようなストーリーが想起されていました。

■市民まちづくりへの期待と限界
2007年当時、けいはんな学研都市建設の当初より関わっていたコンサルタントの杉原五郎氏が主宰していたシンクタンク「けいはんなのまちづくりを考える会」(任意団体)は、多様な主体をゲストとして例会に招き、市民活動団体同士の交流と連携を実践していました。サード・ステージ・プランに言う市民活動の交流ネットワークの構築とは、当時のこうした動きを前提にしたものであったと考えられます。

2007年にスタートした「地域SNSけいはんな」や2008年からスタートした「けいはんな市民雑学大学」はいずれも、「サード・ステージ・プラン」に後押しされ、シンクタンク「けいはんなのまちづくりを考える会」に関わった人たちによる実践、まさに社会実証でした。

けいはんな学研都市では、これら二つの動き以前から、いずれも特定非営利活動法人である「文化学術協会」によるアウトリーチ活動や「けいはんなオブザーブ」によるコミュニティペーパー発行などの先駆的で高潔な活動が見られました。

しかしながら、実際には、「サード・ステージ・プラン」策定後、「サード・ステージ推進会議」などにおいてそれら諸活動への着目は見られたものの、公的機関からの積極的な支援や横連携を図る取り組みなどには繋がらず、十年以上経過した現在、それらの諸活動はそれぞれが現状維持あるいは活動低下、活動終了といった状況にあります。

■一過性に終わったバーチャル・シティ建設
けいはんな学研都市の建設と運営に都市の一体化が必要であるとの認識には多くの人が同意すると思います。かといって、合併によらずに「学研都市を一体化」することや、そのための「新たな運営組織」は漠然としており、今なおイメージできません。

十年後の2016年に策定された第四ステージ・プランである「新たな都市創造プラン」では、「新たな運営組織」づくりは未達成であり、将来的な「高度な都市運営」の体制整備へと先送りされています。

極めて個人的な感覚ですが、「サード・ステージ・フラン」策定後に盛り上がりを見せた市民まちづくりでしたが、良い意味で団体それぞれが自己完結型であったため、中核的機構や府県の介入なしに、それら団体間の自主的な連携を期待することは難しかったと思います。

「地域SNSけいはんな」はかつての時代背景の中で、「地域コミュニティ形成の推進や各種市民活動の推進、当地域の広域的な連携を推進」(※4)を目的に掲げ、バーチャル・シティ建設のプラットフォームを担おうと志しスタートしたのでありました。

■必ず答えを出す必要がある広域連携問題
筑波研究学園都市では、研究学園地区の都市建設概成に合わせて、将来の都市運営を地元の基礎自治体に担わせる必要があるとの考えから、1980年に当時の主務官庁であった国土庁により「筑波研究学園都市建設後期計画(案)」(※5)が取りまとめられ、後の茨城県による「周辺開発地区整備計画」(※6)に引き継がれていきます。

その「後期計画(案)」では、「都市の一体化と自立の促進」が掲げられ、当時六か町村に分かれていた地元基礎自治体の「行政的一体化」を進めることが明確に示されています。筑波研究学園都市の将来にわたる持続的な都市運営には町村合併が必須事項であると認識されていったものと考えられます。

けいはんな学研都市では、筑波研究学園都市の概成後の大転換について深く学んだと思われる形跡がありません。従って、サード・ステージ・プランでも、けいはんな学研都市の概成後に必要とされる地元基礎自治体の都市としての自立の必要性といった視点は見られません。

しかしながら、これまでの間も、行政的一体性が確保されていないことに起因して生じる様々な課題が認識されていったため、サード・ステージ・プランにおいては、学研都市の「一体性の確立」について一定の検討がなされた形跡が見られます。

いずれにしても、現時点において、けいはんな学研都市の三府県八市町の間には、行政的一体性確保のための施策は講じられてきませんでした。今後、都市建設概成までに、将来にわたる安定的な都市運営体制を整備する観点から、合併によらない場合でもどのような広域連携施策が最適なのかの検討が求められる時が必ず来るものと考えられます。

※1)関西文化学術研究都市サード・ステージ・プラン(平成18年3月国土交通省)
第Ⅱ部理念の実現化に向けた取り組みの方向、第5章「建設推進・高度な都市運営」への新たな転換、(2)「学研都市を一体化した新たな運営組織」づくり

※2)同上
第Ⅱ部理念の実現化に向けた取り組みの方向、第3章未来を拓く知の創造都市の形成、3.自然環境の保全及び市民活動の展開、(2)学研都市の資源を活かした市民活動の展開

※3)同上
第Ⅰ部学研都市の目指すべき方向、第2章学研都市の理念、2.サード・ステージ・プランの視点、②交流連携を通した一体性の確立

※4)けいはんな地域SNS会則第3条目的

※5)筑波研究学園都市建設後期計画(案)(昭和55年3月国土庁)

※6)筑波研究学園都市周辺開発地区整備計画(平成10年4月茨城県)

カテゴリー: けいはんな学研都市

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