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	<title>夢の国社</title>
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	<description>けいはんな学研都市のまちづくり</description>
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		<title>バーチャル・シティ建設への挑戦</title>
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		<dc:creator><![CDATA[けたお]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 24 Jun 2021 10:39:48 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[けいはんな学研都市]]></category>
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					<description><![CDATA[■「サード・ステージ・プラン」のインパクトけいはん&#8230;]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph"><strong>■「サード・ステージ・プラン」のインパクト<br></strong>けいはんな学研都市のまちづくりに関わる有志を中心に「地域SNSけいはんな」の社会実証サービスを始めた2007年（平成19年）当時、バブル崩壊以降、長らくけいはんな学研都市に立ち込めていた暗雲を吹き飛ばすかのように、2006年の「サード・ステージ・プラン」策定を機に、中心クラスター「精華・西木津地区」に民間企業の立地が一気に加速し始め、都市全体が新産業創出に向けた上昇気流に乗った感があったように記憶しています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それまで研究施設しか立地が認められてこなかった「精華・西木津地区」を念頭に研究開発型産業施設の立地促進を明記した「サード・ステージ・プラン」は、まちづくりに関わる人たちにとってけいはんな学研都市の「中興」の始まりを予感させるエポックメイキングな出来事として受け止められていました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">当時の上向きな気運にはもう一つの流れがありました。それは「学研都市を一体化した都市運営」（※１、※３）を目指すこと、そして「学研都市の資源を活かした市民活動の展開」（※２、※３）への着目です。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>■合併によらない学研都市の「一体性の確立」<br></strong>もとより、けいはんな学研都市では筑波研究学園都市とは異なり、都市の区域が三府県八市町にまたがり、区域を構成する基礎自治体の合併を前提とせずに都市建設が進められてきました。その結果、いつまでもバラバラ感が否めず、都市としての一体感が育まれることなく推移してきたものと考えられます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">こうした状況に対して、「サード・ステージ・プラン」では、当初より特措法で位置付けられていた中核的機構（公益財団法人関西文化学術研究都市推進機構）の機能を補うべく、一体的な都市運営を実現していくための「新たな運営組織」づくりという新機軸が打ち出されていたのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">また、それらを推し進めるための新たな担い手づくりとして、けいはんな学研都市で活動する多様な主体（とりわけ市民活動団体の存在を念頭に）による市民活動の交流ネットワークの構築と推進がクローズアップされたのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">漠然とした一つのイメージでは、けいはんな学研都市という架空の「都市」の「市民」がリアルであるいはインターネットを介した交流・連携のネットワークで結ばれていき、市民統合の象徴となる架空の市長を立て、インターネット上でバーチャル・シティを建設し運営する、というようなストーリーが想起されていました。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>■市民まちづくりへの期待と限界<br></strong>2007年当時、けいはんな学研都市建設の当初より関わっていたコンサルタントの杉原五郎氏が主宰していたシンクタンク「けいはんなのまちづくりを考える会」（任意団体）は、多様な主体をゲストとして例会に招き、市民活動団体同士の交流と連携を実践していました。サード・ステージ・プランに言う市民活動の交流ネットワークの構築とは、当時のこうした動きを前提にしたものであったと考えられます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">2007年にスタートした「地域SNSけいはんな」や2008年からスタートした「けいはんな市民雑学大学」はいずれも、「サード・ステージ・プラン」に後押しされ、シンクタンク「けいはんなのまちづくりを考える会」に関わった人たちによる実践、まさに社会実証でした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">けいはんな学研都市では、これら二つの動き以前から、いずれも特定非営利活動法人である「文化学術協会」によるアウトリーチ活動や「けいはんなオブザーブ」によるコミュニティペーパー発行などの先駆的で高潔な活動が見られました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">しかしながら、実際には、「サード・ステージ・プラン」策定後、「サード・ステージ推進会議」などにおいてそれら諸活動への着目は見られたものの、公的機関からの積極的な支援や横連携を図る取り組みなどには繋がらず、十年以上経過した現在、それらの諸活動はそれぞれが現状維持あるいは活動低下、活動終了といった状況にあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>■一過性に終わったバーチャル・シティ建設<br></strong>けいはんな学研都市の建設と運営に都市の一体化が必要であるとの認識には多くの人が同意すると思います。かといって、合併によらずに「学研都市を一体化」することや、そのための「新たな運営組織」は漠然としており、今なおイメージできません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">十年後の2016年に策定された第四ステージ・プランである「新たな都市創造プラン」では、「新たな運営組織」づくりは未達成であり、将来的な「高度な都市運営」の体制整備へと先送りされています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">極めて個人的な感覚ですが、「サード・ステージ・フラン」策定後に盛り上がりを見せた市民まちづくりでしたが、良い意味で団体それぞれが自己完結型であったため、中核的機構や府県の介入なしに、それら団体間の自主的な連携を期待することは難しかったと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「地域SNSけいはんな」はかつての時代背景の中で、「地域コミュニティ形成の推進や各種市民活動の推進、当地域の広域的な連携を推進」（※４）を目的に掲げ、バーチャル・シティ建設のプラットフォームを担おうと志しスタートしたのでありました。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>■必ず答えを出す必要がある広域連携問題<br></strong>筑波研究学園都市では、研究学園地区の都市建設概成に合わせて、将来の都市運営を地元の基礎自治体に担わせる必要があるとの考えから、1980年に当時の主務官庁であった国土庁により「筑波研究学園都市建設後期計画（案）」（※５）が取りまとめられ、後の茨城県による「周辺開発地区整備計画」（※６）に引き継がれていきます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その「後期計画（案）」では、「都市の一体化と自立の促進」が掲げられ、当時六か町村に分かれていた地元基礎自治体の「行政的一体化」を進めることが明確に示されています。筑波研究学園都市の将来にわたる持続的な都市運営には町村合併が必須事項であると認識されていったものと考えられます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">けいはんな学研都市では、筑波研究学園都市の概成後の大転換について深く学んだと思われる形跡がありません。従って、サード・ステージ・プランでも、けいはんな学研都市の概成後に必要とされる地元基礎自治体の都市としての自立の必要性といった視点は見られません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">しかしながら、これまでの間も、行政的一体性が確保されていないことに起因して生じる様々な課題が認識されていったため、サード・ステージ・プランにおいては、学研都市の「一体性の確立」について一定の検討がなされた形跡が見られます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">いずれにしても、現時点において、けいはんな学研都市の三府県八市町の間には、行政的一体性確保のための施策は講じられてきませんでした。今後、都市建設概成までに、将来にわたる安定的な都市運営体制を整備する観点から、合併によらない場合でもどのような広域連携施策が最適なのかの検討が求められる時が必ず来るものと考えられます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">※１）<a href="https://www.mlit.go.jp/crd/daisei/daikan/tsp_sakutei/tsp_final.pdf#page=20" target="_blank" rel="noreferrer noopener">関西文化学術研究都市サード・ステージ・プラン</a>（平成18年3月国土交通省）<br>第Ⅱ部理念の実現化に向けた取り組みの方向、第５章「建設推進・高度な都市運営」への新たな転換、（２）「学研都市を一体化した新たな運営組織」づくり</p>



<p class="wp-block-paragraph">※２）<a href="https://www.mlit.go.jp/crd/daisei/daikan/tsp_sakutei/tsp_final.pdf#page=16" target="_blank" rel="noreferrer noopener">同上</a><br>第Ⅱ部理念の実現化に向けた取り組みの方向、第３章未来を拓く知の創造都市の形成、３．自然環境の保全及び市民活動の展開、（２）学研都市の資源を活かした市民活動の展開</p>



<p class="wp-block-paragraph">※３）<a href="https://www.mlit.go.jp/crd/daisei/daikan/tsp_sakutei/tsp_final.pdf#page=8" target="_blank" rel="noreferrer noopener">同上</a><br>第Ⅰ部学研都市の目指すべき方向、第２章学研都市の理念、２．サード・ステージ・プランの視点、②交流連携を通した一体性の確立</p>



<p class="wp-block-paragraph">※４）<a rel="noreferrer noopener" href="https://yumenokunisha.com/docs/pdf/2009_12_25_kaisoku.pdf" target="_blank">けいはんな地域SNS会則第３条目的</a></p>



<p class="wp-block-paragraph">※５）<a rel="noreferrer noopener" href="https://note.com/yumenokunisha/n/nb6b8b93250d6" target="_blank">筑波研究学園都市建設後期計画（案）</a>（昭和55年3月国土庁）</p>



<p class="wp-block-paragraph">※６）<a rel="noreferrer noopener" href="https://note.com/yumenokunisha/n/n73d62bd21020" target="_blank">筑波研究学園都市周辺開発地区整備計画</a>（平成10年4月茨城県）</p>
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		<title>筑波研究学園都市建設史の大転換</title>
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		<dc:creator><![CDATA[けたお]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 05 Jun 2021 18:07:57 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[筑波研究学園都市から学ぶ]]></category>
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					<description><![CDATA[一昨年、京都府立大学（京都地域未来創造センター）と&#8230;]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">一昨年、京都府立大学（京都地域未来創造センター）と精華町との共同研究で茨城県庁を訪問した際に見せていただいた「筑波研究学園都市自立計画（案）」（※１）を、GoogleドライブのOCR機能を使ってテキスト化し、改めて熟読してみると、当時の県庁職員が相当の熱意をもって筑波研究学園都市建設の歴史を大きく動かそうとしていたのではないかと感じました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この「自立計画（案）」では、筑波研究学園都市建設がそろそろ概成しようとしていたにも関わらず、研究学園地区での人口定着は思ったように進まず、イニシャルコストこそ国の負担で整備されたものが多かったにせよ、多額の維持管理コストが予想される高度な都市基盤を将来いったい誰が支えていくのかという、当時の県庁職員の危機感が強く表れていると思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">とにもかくにも、筑波研究学園都市を自立させなければ大変なことになる、なんとかしなければと、その強い思いがにじみ出ているように感じられるのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その後、県と国、そして地元６町村とでどのようなやりとりがあったのか、詳細はわかりません。けれども、その２年後に国によってとりまとめられた「筑波研究学園都市建設後期計画（案）」（※２）では、見違えるほどに整理された施策体系が示されています。まさに県庁職員の「なんとかしなければ」に対する国土庁職員の真摯な回答が示されていると感じられます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">私の所属する精華町の諸先輩方からは、学研都市建設を受け入れる際、地元基礎自治体の役割だとされた関連公共公益施設整備にかかる財政問題が最大の不安材料であったと聞かされてきました。しかし、当時の問題意識は、筑波では国が関連公共公益施設を自ら整備する、あるいは国から大きな財政支援が受けられりしたが、学研都市ではそうはいかないらしい、小さなまち精華町で関連公共公益施設の整備を負担するなんてとても無理、なんとかしなければ財政破綻は避けられない、諸先輩方の心配は、想像もつかない将来の都市運営への不安ではなく、当面の都市建設着手にあたっての不安に集中していたと考えられます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">1983年（昭和58年）に全管理職による筑波訪問の現地ヒアリング記録からは、そうした当時の諸先輩方の危機感が強く感じられます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その後、諸先輩方の関心は、都市建設において筑波では国から得られたはずの財政支援に代わるものをいかにして自力で確保するのかに向いていったと聞かされました。実際、その後の精華町では、開発事業者からの破格の協力を得て、関連公共公益施設整備の負担問題は見事に解決が図られていきました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">一方、精華町の幹部職員が大挙して筑波訪問をした1983年頃といえば、筑波研究学園都市では、研究学園地区の概成後、つくば博開催を契機に大転換が図られようとしていた時期と重なります。おそらく諸先輩方は、つくば博を前に沸き立っているという印象に押され、筑波研究学園都市が新たな局面でいかなる課題に立ち向かおうとしていたについて、十分に認識する余裕はなかったのではないかと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">当時、筑波研究学園都市は、茨城県の「筑波研究学園都市自立計画（案）」を端緒に国の「筑波研究学園都市建設後期計画（案）」で取りまとめられた施策体系を、つくば博開催を契機にまさに実現しようとしていた時期だと思われます。そして、将来にわたる都市運営の担い手として、地元６町村に対して「人口の定着」と「産業の集積」によるエンパワメントで「自立都市」を建設（最終的には町村合併による新市建設）しようとするため、国と県が周辺開発地区の整備に全力投球していくという大転換が図られていった頃だと思われます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">研究学園地区建設から周辺開発地区整備への大きな転換期、それを学研都市で置き換えて考えるのは難しいかもしれません。しかしながら、例えば2006年（平成18年3月）のサード・ステージ・プランが策定された2006年当時、学研都市では８市町の合併議論などは当然タブー視されていたため、一体的な都市運営の必要性は強く認識されつつも、それは「高度な都市運営」であるとして事実上棚上げされ、将来にわたる都市運営の担い手問題として、地元の市町に強力なエンパワメントが必要などといった発想は誰も持ち合わせていなかったのだと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今からでも遅くないと感じています。そもそも学研都市建設概成の遅れの大半は、国（ＵＲ都市機構）が担当するはずだった地区の開発の遅れが最大の原因です。国に所期の役割を果たしてもらうことは当然のこととして、将来にわたる都市運営を考えるのであれば、府県にこそ強い危機感を抱いていただきたいのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">財政的自立は未だほど遠い精華町に、中心クラスターである精華・西木津地区ひとつを支える力はありません。既に中核市の枚方市や奈良市は別格として、少なくとも京都府域の三市町（京田辺市・木津川市・精華町）には相当のエンパワメントが必要です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">筑波研究学園都市建設史の大転換の教訓が、けいはんな学研都市建設にはまだほとんど生かされていないと痛感しています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">※１）<a rel="noreferrer noopener" href="https://note.com/yumenokunisha/n/naf42e3e9741e" data-type="URL" data-id="https://note.com/yumenokunisha/n/naf42e3e9741e" target="_blank">筑波研究学園都市自立計画（案）（1978年3月茨城県）（茨城県資料「筑波研究学園都市」（1999年3月）Ⅳ資料編より）</a></p>



<p class="wp-block-paragraph">※２）<a href="https://note.com/yumenokunisha/n/nb6b8b93250d6" data-type="URL" data-id="https://note.com/yumenokunisha/n/nb6b8b93250d6" target="_blank" rel="noreferrer noopener">筑波研究学園都市建設後期計画（案）（1980年3月国土庁）</a></p>



<p class="wp-block-paragraph">最終更新日：2021年6月6日</p>
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		<title>地域SNSけいはんなサービス終了</title>
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		<dc:creator><![CDATA[けたお]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 31 Mar 2021 15:00:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
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					<description><![CDATA[2007年2月にオープンソースのSNSアプリ「Op&#8230;]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">2007年2月にオープンソースのSNSアプリ「OpenPNE」を使って試験的に立ち上げた「地域SNSけいはんな」（運営団体「けいはんな地域SNS研究会」は同年10月に設立）。</p>



<p class="wp-block-paragraph">以来、我が家「夢の国社」の自宅サーバーでホストさせていただき、14年の歳月が過ぎました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">このたび、事前告知のとおり、機器老朽化ほか諸般の事情により、2021年3月末をもって、地域SNSけいはんなのサービスを終了いたしました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">利用者の皆さん、長らくのご利用、ありがとうございました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">また、スギさん、はっちさん、takasanさん、buchiさん、kotaroさんをはじめ、個人によるサイト管理運営を陰でお支えいただきましたボランティア有志の皆さん、これまで本当にありがとうございました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">つきましては、代表のFUTANさん、宇宙人Copernicusさん、のりちゃんさんを中心に、手嶋屋さんのサービスを使った代替サイトへ移行していただきました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">とりわけ、移行にあたって宇宙人Copernicusさんには大変なご苦労をおかけしたことと思います。ありがとうございました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ふだんの仕事とは別のアプローチでけいはんな学研都市のまちづくりに関われたことは貴重な経験で、そのような機会を与えていただいたFUTANさんほか皆さんにたいへん感謝しております。</p>



<p class="wp-block-paragraph">多様なSNSが我々の生活に深く浸透してきた中で、地域SNSけいはんなが持続可能な取り組みになるよう新たな技術を積極的に取り入れて次世代の方々に引き継ぐことができぬままサービスを終了することになり、申し訳なく存じます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">地域SNSけいはんなに関わっていただいたすべての皆さんのご多幸とご健勝をお祈りしています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ありがとうございました。</p>
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