ひよっこりひょうたん島の旅

おとといの日曜日から月曜日にかけて、もうすぐ80歳になる父を連れ、4人で徳島県阿南市に行ってきました。

昭和のはじめ、わけあって祖父が和歌山市から富岡町(当時)に移り住み、父はこの地で生まれ、幼年期を過ごしました。

神戸淡路鳴門自動車道から四国に入り、鳴門インターで降り、国道11号線を南下します。徳島市内からは国道55号線となり、そのまま小松島市を通り抜け、那賀川を越えると阿南市です。

ひよっこりひょうたん島の旅
※「route 66」ならぬ「国道55号線」。

泊まったところは、淡島(あわしま)神社のすぐ南の淡島海水浴場に面したロッジ。海岸まで水着で歩いていけます(Googleマップで表示)。

ひょっこりひょうたん島の旅
※気軽に利用できるロッジのヴィレッジ淡島。

淡島海岸沖には「青島」というひょうたん島があって、諸説ある「ひよっこりひょうたん島」のひとつだそうです。近畿周辺の海水浴場なら人であふれかえっているのに、ここはのんびり。とてもリッチな気分です。

地元の人の話では、淡島神社から青島まで龍が渡る伝説があるそうで、子どもを授かることができる信仰があるとか。

ひょっひりひょうたん島の旅
※ゆったりとした淡島海水浴場。

ひょっこりひょうたん島の旅
※「ひっよこりひょうたん島」に向かって。

夜には、父の幼なじみのみなさんが、すだちやすいか、前の晩に網でとってくれた鮎やうなぎなど地元の産物を持って集まってくれて、思い出話が盛り上がりました。

戦争中のこと、戦後間もない大変だった頃のこと、次から次へといろんなお話を伺うことができました。敗戦直後、父が海軍兵学校から戻って、進駐軍のきついアルバイトで日銭を稼いだという話も初めて知りました。

ひょっこりひょうたん島の旅
※もうすぐみんな80歳。

次の日は、二つ南の入り江、北の脇海水浴場まで下ってから、津峯(つのみね)スカイラインを登り、山頂の津峯神社へ。紀伊水道を一望できます。

ひょっこりひょうたん島の旅
※こちらも広い北の脇海水浴場。

ひょっこりひょうたん島の旅
※津峯山頂から見る紀伊水道。

それから、阿南市街に入り、父が生まれた家を探します。古い地名ではわからないので、市役所の窓口で教えていただきました。家は、今でも残っていました。

ひょっこりひょうたん島の旅
※阿南市役所前で。

何ができるというわけでもないですが、三世代で行けたことはよかったかなと思います。幼いむすこにとっても自然がいっぱいの阿波の国は楽しかったようです。

コメント

  1. ichiro より:

    いやあー三世代交流、良かったですね。私は、未だ80歳ではないけど、孫が11歳、娘が39歳、何時か私の故郷・金沢へ三世代で行こうと思いました。写真も楽しませてもらいました。

  2. けたお より:

    ichiroさん、ありがとうございます。
    親のことは知っているようで何も知らないものだということを、改めて思いました。昭和のどうしようもなかった貧しさとか、戦争のことも。いつか、きっと一緒に行ってください。

  3. まつら より:

    写真とお話で涙出そうです。幼なじみさん集合のお写真、皆さんお元気で素晴らしい。

  4. けたお より:

    母の故郷の高松へは、去年、母の妹の告別式に連れて行っていました(母と父と私の三人で)。
    今年は、父が突然、行きたいと言い出しました。そろそろ自分の体のことを考えたのだと思います。

    故郷、家族、幼なじみ、遠く離れたままの人生。まつらさん、えらいなと思います。

  5. モモの母 より:

    戦争のことは この時期になると多く放映される
    戦時中もののドラマなどをみて推し量るしかできませんが・・・
    大変な時代を生き抜いてこられたんですね
    けたおさんのお父様も そのお友達の皆様も。
    どうぞいつまでもお元気でいらっしゃいますように。。。

    あ、うちの父の郷里の徳之島では
    人口10万人に対して 100歳代が20人とか・・・いや もっといたのかな。。。??

  6. けたお より:

    逆に私の世代なんかは、ずっとやわな暮らしぶりですし、幼い頃の食品添加物とか公害はひどかったし、みんなそんなに長生きはできないよなと、よく話が出ます。

    今のこどもたちには、本当に平和で、そして自然と調和できる世界であってほしいと心から思います。そのために、どんな小さなことでもしたいですね。